モデリング・用語
ひとことで言うと
マルコフ連鎖を長い時間動かしたとき、「いまどの状態にいるか」の分布が一定の形に落ち着くなら、その落ち着き先が極限分布です。ただし、定常分布が存在しても極限分布は存在するとは限りません。状態が規則正しく行き来する(周期がある)と、いつまでも収束せず振動し続けることがあるからです。
周期的な反例 P=\begin{psmallmatrix}0&1\\1&0\end{psmallmatrix}。状態0と1を確率1で交互に推移するため、Pn は n が偶数で I、奇数で P に戻り収束しない。定常分布 π=(0.5,0.5) は存在するのに、極限分布 limPijn は存在しない。
数式で表すと
limn→∞Pijn=πj
n→∞ での状態分布。非周期・既約なら定常分布に一致。
極限分布とは、マルコフ連鎖のステップ数 n を無限に大きくしたときの推移確率の極限
limn→∞Pijn=πj
が、出発状態 i によらず存在する場合の、その極限の分布 π のことです。concept: 定常分布では「πP=π を満たす分布」を求めましたが、ここで主軸に置くのは「その π へ実際に収束するか(極限が存在するか)」という別の問いです。定常分布の存在は極限分布の存在を保証しません。
反例で確かめます。2状態で P=(0110)、つまり状態0と1を確率1で交互に行き来する連鎖を考えます。定常分布は πP=π を解くと π=(0.5,0.5) で、ちゃんと存在します。ところが Pn を計算すると、n が偶数なら単位行列 I、奇数なら P そのものに戻り、I と P の間を永遠に往復します。したがって limn→∞P00n は存在しません。定常分布はあるのに極限分布は存在しない、という状況がはっきり起こるのです。原因は、この連鎖が周期2をもつことにあります(concept: 周期)。
では極限分布が存在するのはどういうときか。比較例として P=(0.70.40.30.6) を見ます。状態0に自己ループ P00=0.7>0 があるので周期は1(非周期)です。定常分布は π=(4/7,3/7)≈(0.5714,0.4286)。べき乗を追うと P2=(0.610.520.390.48)、P4≈(0.57490.56680.42510.4332) と、どの行も π へ近づきます。一般に、既約かつ非周期(concept: 周期が1)なら極限分布が存在し、それは定常分布 π に一致します。逆に周期があると、上の交互推移のように振動して極限が存在しません。なお、極限分布が存在しなくても「長期の時間平均」は π に一致しうる、という別の収束(concept: エルゴード性)があり、そちらと混同しないことが大切です。試験に出る性質
定義
limn→∞Pijn=πj が出発状態 i によらず存在するときの極限分布 π。初期状態を忘れる。
存在条件
既約かつ非周期(concept: 周期が1)なら極限分布が存在し、定常分布 π に一致する。
定常分布があっても不在のことがある
πP=π を満たす π が存在しても、周期があると Pn が収束せず極限分布は存在しない。
周期2の反例
P=\begin{psmallmatrix}0&1\\1&0\end{psmallmatrix} は π=(0.5,0.5) をもつが Pn は I↔P を往復し極限なし。
エルゴード性との区別
極限分布が無くても時間平均が π に一致しうる(concept: エルゴード性)。直接の極限と時間平均は別の収束。
例で見る
非周期な例 P=(0.70.40.30.6)(P00=0.7>0 で非周期)。定常分布は π=(4/7,3/7)≈(0.5714,0.4286)。
P2=(0.610.520.390.48)、P4≈(0.57490.56680.42510.4332) と両行が π に収束=極限分布が存在。
対照的に周期例 P=(0110) は π=(0.5,0.5) をもつのに Pn が I↔P を往復し極限分布は存在しない。
つまずきポイント
- 定常分布があれば必ず極限分布も存在すると思う(周期があると Pn が振動して極限が存在しない)
- 極限分布の不在とエルゴード性の不成立を同一視する(周期例でも時間平均は π に一致しうる。concept: エルゴード性)
- 非周期性の確認を怠る(既約だけでは不十分。周期1(非周期)も極限分布の存在に必要)
定着クイズ
極限分布の定義 limn→∞Pijn=πj が要求するのは?
定常分布が存在しても極限分布が存在しないのはどんなとき?
極限分布が存在する十分条件は?